No.617「オーガニック2世・3世」「暑い中ではありますが」「おふくろの味と匠」「パワーシフト」

2021.07.24.No.617

「 オーガニック2世・3世 」

なな.

 先日長男が20歳になった。誕生日当日は研修で、茨城にある訓練校で半年の合宿生活中。この連休で帰ってきたのでささやかな誕生会の後飲みに行こうと誘ってみた。子どもたちが成長し、それぞれの道を歩みだす。沢山いるから面白い。船員・建設業・ホテルマン・IT関係・まだこれからの子もいる。本当に楽しみだし感慨深い。

 そんな中、環境や国際問題に興味を持って勉強していた阿部家の長女が以前から紹介している藍奈ちゃんと活動をはじめた。活動拠点が茅ヶ崎なのもあって「オーガニック七菜の娘です」と自己紹介に付け加えると「あー。あの店の。」となるらしい。同じ線上を歩き出した子供が一人出てきた。この先どんな展開をしていくのだろう?

 七菜と文の母も、’70年代に高度成長期の環境問題に危機感を持って活動していた。当時は珍しかったオーガニック食材で育ててくれたのだ。言わば私達はオーガニック2世。我が子たちオーガニック3世の今後が楽しみで、考えると笑顔が止まらない。 


「 暑い中ではありますが 」      

高 志 

 梅雨明けと共に連日蒸し暑い日が続いている。ここ何年もの間、気温の高さよりも湿度の高さの方が身体にこたえるということを口にしてきたが、それはこの夏も変わらず、既に夏バテなのか朝目覚めた時の身体の重さが半端ではない。以前は目覚めの良さを自負していたものだが、ここのところ目覚めの悪さにうだうだしている。 

 そんな暑さのなか、末っ子である進の野球の応援に行った。5月の若葉の季節に応援に行ったとき、一度日焼けをして皮をむいていたので、今回はそれほど皮がむけるような惨事には至らなかったが、ふと耳たぶを触ると皮がむけているので驚いた。 

 さすがに耳たぶだけあって、前回の他の部分が日焼けとともに有した痛みが無かったのは幸いではあるのだが、恐るべし陽射しの強さである。 

 そんな暑さの中、いよいよオリンピックが始まった。その前から東京近郊は交通規制が始まり、首都高速は値上げとともに交通量が減ったものの、一般道は激しい渋滞が起こっている。 

 オリンピックが始まるとともに、子供たちは夏休みに入り、また4連休ということもあって、海へと向かう道路は、朝早くから大渋滞になっている。 もちろん、コロナ禍が収束した訳でもなく、逆に感染者数は増加の一途をたどっているのだから、今までのようなオリンピックを迎えられる訳も無いのだが、それでも世界的なイベントに心湧きたつ事は抑えられず、そこにどんなに非常事態宣言などと言っても昨年のような抑止力は期待できないだろう。 

 我が居住地である藤沢では、江ノ島でヨットのセーリング競技が実施予定だ。当初、沖で行われるセーリング競技を数台のドローンで撮影し、その映像を組み合わせて海岸付近に浮かべた50mものスクリーンで観戦する予定であった。 

 だが、ご承知の通りほとんどの競技が無観客開催となった。例にもれず、江ノ島で行われるセーリング競技も無観客開催が決定された。それでも、その場所では2年ぶりに海の家が立ち並び海開きが行われて、海水浴場は連日大勢の人で賑わっている。昨年から続くこうした政策の矛盾。明らかに、若い世代の心にはほとんど届いていないようだ。 

 予定のない出来事、つまりハプニングは突然起こるもので、今回のお水採りに行く際にも起こったのだが、それに対処しながら水の里へ向かうと、到着が夜になってしまった。全国の気温をチェックしていると首都圏よりも福島の方が気温が高いことがある。この日もそうであったようで、白河で買い物をしていても薄闇が近づいているのに気温は30℃を超えていた。 

 買い物を終え、いよいよ山を上り始めると、羽鳥湖畔で野生のシカに遭遇した。コロナ禍から良く遭遇するシカであるが、野生動物界では何が起きているのだろうか。一説には、豚熱が流行しており、そのためイノシシが多大な被害を受けているという。そのせいか、農作物の被害がほとんどなくなっているという村人たちの声も聞こえてくる。 

 すっかり暗闇に包まれた水の里で、森のバスの前にある田んぼに目を向けると、この時期の風物詩である蛍の淡い灯りが迎えてくれた。水の里は平家の末裔と言われているからなのか、昔から平家ボタルしかいないのだが、この日ひと際大きな灯りをともす蛍を見つけた。その灯りをじーっと見つめていると、うっすらと蛍の全体像が浮かび上がってくる。 

 蛍に詳しい訳ではないので、その姿を見たからといって、それが平家ボタルではなく源氏ボタルなのかどうかは判別できないのだが、それでも何だか得をした気分になった。 夜になっても日中の暑さがなかなかひかなかったが、蛍の涼やかな灯りが幾らか気温を下げてくれた気がした水の里の夜だった。   


 「 おふくろの味と匠 」          

マナ  

 二十年くらい前にこんなことを言っていた人がいた。 

 「おふくろの味や家庭料理とか看板に書いてある店はキライやねん」はじめから逃げを打っているような姿勢にしか見えないそうだ。お金をいただく以上、おふくろであろうとシェフであろうと、いっしょだ、ジャンルの違いではないと言う。私は、高くなくて美味しかったらええやんと思っていたので、あまり気にならなかった。 私が気になるのは、よくある和菓子屋の看板や、菓子折りの中の栞に菓匠○○とか書かれていることの方だった。和菓子に限らず、匠とか自分で言っている人のほうが引っかかる。匠なんて、人から言われるもので、自分で名乗るものじゃないと思う。鷹匠、鵜匠じゃあるまいし。  

その時、そんなやり取りをしたことをしたことがあった。 


 二十年経って、私の中の意識が変わってきていた。最近気がついた。

 何かにつけ「いえいえ」「まだまだ」「初心者ですが」というような前置きをするのが面倒くさくなって、言わなくなってきた。謙遜も「実力もないのにしてもしょうがない」となり、それどころかビッグマウス化していたのだ。ネズミじゃないよ~(笑) 

高校時代の友達が、淀川の川床レストランで還暦祝いをしてくれた。 社会情勢下、氷水で乾杯。 

「もう、私ら、自分を証明するために走り回らんでええねんで」 

その通りやね。乾杯。 


BENIRINGOフリーペーパーより抜粋


ラ・ラビアータたより

都会の子供に美味しい山の湧水を飲ませたい。1995年、友人の言葉をきっかけに、会員制で南会津の湧水を宅配し始めてから月2回のペースで発行を続けているLettela L'Arrabbiata/ラ・ラビアータたより。オーガニック七菜の日々がつづられている。水の里、キャンプ、イベント、出産/子育て、開店、ケータリング、料理…過去から現在まで、七菜の歴史である

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